餓鬼草子

 
餓鬼草子は、平安時代末期から鎌倉時代初期に描かれた絵巻物です。餓鬼とは、生前に、欲望のままに悪い行いをした報いにより、常に飢えや渇きの苦しみに悩まされる死者の霊のことです。ここに紹介する餓鬼草紙は、東京国立博物館所蔵のもので、伝えられてゆくうちに、絵に付けた詞書が失われていて、各場面がなにを表しているかには諸説があります。なお、本作はもともと、後白河法皇がつくらせ、三十三間堂で有名な京都・蓮華王院の蔵で保管されていた「六道絵」の一部と推定されています。

ここでは、一つながりの絵巻を場面ごとに分けています。現物は、縦が26.9センチと小さく、見やすいように2倍に引き伸ばして展示しています。
 
 
餓鬼草子 ~遊びに興じる貴族たち~
国宝
平安時代・12世紀
紙本着色
26.9 x 380.2 cm
東京国立博物館

貴族の男女が、食べものや酒の並んだ宴席で、楽器など演奏して遊び興じる場面が描かれています。よく見ると、何人かの身体に小さな餓鬼が取りついているのが見えますが、当人たちはまったく気づいていません。
 
 
餓鬼草子 ~出産の場~
国宝
平安時代・12世紀
紙本着色
26.9 x 380.2 cm
東京国立博物館

貴族の屋敷で女が出産し、いままさに赤ん坊を産み落としたところです。かたわらには一匹の大きな餓鬼がいて、それを指さして嬉しそうに舌なめずりしています。餓鬼は出産の後に出る胎盤が大好物で、それを狙っているのでしょう。たくさんの女たちが嬉しそうに取り巻き、右の部屋には坊主が待機して満面の笑みです。左はじには、隣の部屋から心配そうにのぞき込む、気の弱そうな貴族の男が顔を出していますが、きっと産婦の父親でしょう。当然、誰も餓鬼の存在には気づいていません。
 
 
餓鬼草子 ~街外れの共同便所~
国宝
平安時代・12世紀
紙本着色
26.9 x 380.2 cm
東京国立博物館

平安時代には、それぞれの家に便所があるということはなく、みな、街の外れへ行って、そこで用を足していました。老若男女、思い思いの格好で排泄していますが、みな、溜まりに溜まった糞尿で汚れぬよう、高下駄を履いています。餓鬼たちはこの糞尿が大好物で、大勢の餓鬼がたむろし、糞尿を待ち構えています。
 
 
餓鬼草子 ~墓場~
国宝
平安時代・12世紀
紙本着色
26.9 x 380.2 cm
東京国立博物館

平安時代には、一般の墓地は山の中に共同墓地のような形で存在していたようです。お金のある身分の高めの人の墓は、盛り土の上に塔婆のようなものが刺さり柵がしてありますが、金の無い一般人は野ざらしです。中央右の女などは、ひょっとするとまだ息があるのかもしれません。あたりに散らばる骨の中に、腐って膨れて野犬に食いちぎられる死体、干乾びて黒ずんだ死体、さまざまに放置されています。餓鬼たちは腐った死体が大好物で、楽しそうに戯れています。
 
 
餓鬼草子 ~肥溜め~
国宝
平安時代・12世紀
紙本着色
26.9 x 380.2 cm
東京国立博物館

わざわざ作った肥溜めかどうかは分かりませんが、周辺に大便や尻を拭く紙が散乱しているところからも、真ん中のこれは糞の池であることが分かります。その糞の池に二匹の餓鬼が腰まで浸かって糞尿をむさぼり食っています。三匹目は池の外に落ちた糞をすくって、なんとなく微妙な表情で口に運んでいます。周辺には盛り土が三つあり、いちばん奥のものには塔なども立っているところから、墓のようなのですが、その隣にすぐに共同の便所のようなものがある、というのも興味深いです。
 
 
餓鬼草子 ~鳥に責められる餓鬼~
国宝
平安時代・12世紀
紙本着色
26.9 x 380.2 cm
東京国立博物館

二匹の餓鬼がたくさんの鷲に責められています。中央の餓鬼は、腹を突き破られているうえに、一羽の鷲が左の眼球をつつき出してその嘴にくわえているのが見え、目から血が噴き出ています。右下の餓鬼は背中を突き破られ、血がしたたり落ちていますが、餓鬼の背中の皮膚が黒ずんででこぼこになっているのは、日常的にこのように責められて、背中の皮膚がかさぶたの塊のように化してしまっているのでしょう。彼らの耐え難い苦しみがよく伝わってきます。
 
 
餓鬼草子 ~火玉を食わされる餓鬼~
国宝
平安時代・12世紀
紙本着色
26.9 x 380.2 cm
東京国立博物館

一匹の餓鬼が天に向けて大口を開け、上から次々と落ちて来る火の玉をまさに呑み込まんとしています。餓鬼は常に飢えと渇きに苦しんでいますが、その彼らが食物を食べたり水を飲もうとすると、それはすべて炎に変わってしまうのです。
 
 
餓鬼草子 ~鬼に責められる餓鬼~
国宝
平安時代・12世紀
紙本着色
26.9 x 380.2 cm
東京国立博物館

一匹の餓鬼が、炎に包まれた大きな剣を持つ青鬼と赤鬼に責められています。この餓鬼は苦しみのあまり、来てはいけないところへ迷い込んだのでしょうか。元いたところへ帰れ、と脅されているようにも見えます。
 
 
餓鬼草子 ~鬼に吐かされる餓鬼~
国宝
平安時代・12世紀
紙本着色
26.9 x 380.2 cm
東京国立博物館

この餓鬼は、地べたに置かれたまともな食事を食べたのでしょうが、食べてすぐ、こん棒を持った鬼に口を無理やりあけさせられ、棒を突っ込まれ、いま食べた食物はぜんぶ吐き出しています。こうして餓鬼は、決して飢えを満たすことはできず、永久に苦しむのです。