セザンヌの油絵(MET)

 
セザンヌは印象派を代表するフランスの画家です。移ろいやすい光を表現した印象派手法を超え、独特なデッサンの上に色を緊密に組み上げて、古典的静謐さを画布の上に与えました。当初はなかなか理解されなかったセザンヌですが、晩年には大きな名声を得ます。しかし本人は南仏の田舎に住み、孤高の画家として、67歳でその生涯を終えるまで、ひたすら自らの絵画芸術を追及しました。その激しい追及は、ときに斬新な、それまで誰も見たこともないような奇妙な効果も産み、これらは野獣派やキュビズムなどその後の現代美術にも大きな影響を及ぼしました。
 
 
サント・ヴィクトワール山
ポール・セザンヌ
1902–06年
油彩、キャンバス
97 × 57 cm
メトロポリタン美術館蔵

サント・ヴィクトワール山はフランス南部にある全長18km以上の石灰岩の山で、当時セザンヌが住んだ家から見える位置にあったそうです。彼はこのサント・ヴィクトワール山を描いた画布を、油絵と水彩画でそれぞれ40点以上残していて、さまざまな形でこのモチーフを追及しました。ここで展示している作品は、その中でも比較的晩年に近いものです。このころになると、対象のディテールは隠れがちになり、筆ひと刷けの小さな色面を緊密に組み上げて画布を構成するような手法が取られているのが分かります。セザンヌの飽くことのない、絵画に対する探求心を見ることができます。
 
 
赤い服のセザンヌ夫人
ポール・セザンヌ
1888–90年
油彩、キャンバス
90 × 117 cm
メトロポリタン美術館蔵

セザンヌは夫人の肖像画を多く描いています。一説によると、セザンヌはモデルが動くのを極端に嫌い、そのせいでモデルのなり手がなく、多く夫人を使ったなどと言われています。ここで展示しているセザンヌ夫人を見ると、その表情と姿態には生き生きとした感じがほとんど感じられず、画家はそのコンポジションと色にだけ興味があり、生身の人間の感じは対象外だったのではないか、と思わせるほどです。二十点以上あるセザンヌ夫人の肖像も、互いに顔が似ておらず、そのときどきの画家の一種の心眼が対象を捉えているかのごとくです。この一種無機的な人物の描き方は、その後の絵画に大きな影響を及ぼしています。
 
 
水差しとナス
ポール・セザンヌ
1893–94年
油彩、キャンバス
72 × 91 cm
メトロポリタン美術館蔵

セザンヌはまた、多くの静物画を残しました。その中でも有名なのはリンゴの絵ですが、この作品では、ナス、洋梨、レモン、メロン、水差し、ワインボトルなど雑多なものが、これまた雑多に置かれています。セザンヌの静物画では、遠近法は故意に崩されていて、見て分かるように、独特の浮遊感があり、重力的には不安定な感覚を呼び起こすように描かれています。洋梨のプレートは落ちそうですし、レモンはどこに乗っているか分からない状態です。加えて、画面に縦横に交錯する線と面の構成美、そして色彩の調和の完全さは、画布に、静止することの無いダイナミズムと、完全な静謐さ、という相反したものを共存させているとも言えそうです。このスタイルも、後世の絵画に大きな影響を与えました。